すべては 偶然によってつくられる
すべては 運命によって繋がっている

すべては 偶然という運命によって導かれている

第一話  された道、道を記す(ウタ)

シルヴァヌスの村で、宿屋の女主人の話を聞いてから、約1ヶ月。
本来なら、とっくに次の村に着いているはずだった。
しかし、まだ村の影さえ見えない。
見えるのは、どこまでも続く平原と、まばらに立つ木々のみ。

「あんな季節外れの長雨さえ降らなければ、こんな事にはならなかったのに…。」

愚痴を言っても仕方がないと分かっていても、やはり本音は出てしまう。
クルサスは、いくら歩いても変わらない景色に飽き飽きしながら、
沈んだ気持ちで広い平原を歩いていた。

彼が頭を悩ませているのは、水と食料の問題だ。
順調にいけば困ることはなかったのだが、村を出てから1週間と2日後に、
数十年に一度降るか降らないかの、1週間にわたる季節外れの長雨に足止めをくらい、
その分余計に水と食料を消費することになってしまった。
その結果、彼は水と食料を節約する羽目になり、ここ数日はまともな食事をしていない。
節約してきた食料も、昨日の朝にとうとう底をついてしまった。水も無いに等しい。

「(…とにかく、水だけでも探し出さないと…。)」

クルサスは辺りを見回した。しかし、川や泉は見当たらない。
木々が実をつけるには、まだ時期が早すぎる。近くに村影は無い。
状況は最悪だった。

「はぁ…。」

クルサスは大きく溜め息をついた。
とにかく、今は村を目指して歩くしかない。
そう自分に言い聞かせて、歩き続けた。
しかし、次の村までは、少なくとも人の足であと3日はかかる。
3日間、飲まず食わずで自分の体がもつかどうか…。彼には自信が無かった。

どれくらい歩いたのだろうか。
日はすでに傾き始めている。目に映る景色にも、少し変化が出てきた。
平原に立つ木々の数が、増えてきている。

「(それなりに距離は歩いたみたいだな…。)」

クルサスは立ち止まり、右目につけていた象牙製の眼帯を外し、汗を拭った。
その白い眼帯には、金色の細かい装飾が浮き彫りにされている。
ベルトの部分には、加工された銀色の鱗が貼り付けられ、美しく光り輝いている。
クルサスは小さな溜め息をつき、右目に眼帯をつけた。

彼が眼帯をつけている理由、それは自分がオッドアイであることを隠すため。
オッドアイは邪悪の象徴といわれ、忌み嫌われてきた。
人の目に留まれば、非道な仕打ちは避けられない。
人目を避けるだけなら、誰もいない大平原でつける必要はないが、
彼の眼帯はかなりの硬度を持つため、防具としての役割も果たしてくれる。

クルサスは肩に荷物を掛けなおし、またゆっくりと歩き出した。
それから間もなく、彼は背後に物音を聞いた。
低い唸り声と、複数の足音。

「……!」

とっさに身を翻していなければ、
飛び掛かってきた魔物の攻撃をまともに受けているところだった。
普段なら、接近される前に気配で分かる。
しかし、感覚が鈍っていた今は、接近されて唸り声や足音が聞こえるまで気付かなかった。

「…っ…!しまった!」

ざっと十数匹はいるだろうか。
獰猛な唸り声を上げ魔物達はあっという間にクルサスを取り囲んだ。
クルサスは腰の鞘から剣を抜いて構える。
曲線で構成されたやいば刃を持つ、美しい深紅の剣。
彼が剣を構えると同時に、魔物たちが次々と飛び掛かってきた。
クルサスは、身をかわし、魔物の攻撃を剣で防ぐので精一杯だった。
身体が思うように動かず、腕に力が入らない。

「…くっ…!」

魔物の攻撃は激しく、対応が間に合わない。
身をかわしたところへ、体勢を立て直す間もなくクルサスの正面へ魔物が飛び掛かる。
その鋭い爪は彼の顔面右を直撃した。
眼帯をしていなければ、無事では済まなかっただろう。
大怪我は免れたものの、クルサスは大きく後ろへ吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。
起き上がろうとするクルサスに、魔物達は容赦無く襲い掛かる。

もう、ダメか、そう思った瞬間、目の前を無数の矢が飛び、魔物を貫いた。
その場にいた魔物は、全て一矢で仕留められていた。

「無事か!?」

呆然とするクルサスの元へ、1人の青年が弓を手にしたまま駆け寄る。
少しクセのある紫がかった白い髪に、深い紫色の目。
麻の長いマントを身にまと纏っていた。

「え、ええ。大丈夫です。」
クルサスはそう言って立ち上がろうとした。が、
「あっ…とっ…。うわっ。」
数歩よろけて尻餅をついてしまった。

「お、おい、本当に大丈夫か?」
「…ここのところまともに食事してなかったんで、身体に力が入らなくて…。」
クルサスはそう言いながら、彼の手を借りてなんとか立ち上がった。
まだ足元が少しふらついていたが、今度は大丈夫そうだ。

「やけに多く魔物の気配を感じたから、気になって来てみたんだが…。
 とにかく無事で良かった。」
青年は魔物を見、そしてクルサスの方を向いて言った。
「ええ。おかげで助かりました。ありがとうございます。」
「ああ。」

青年は一瞬だけもう一度魔物の群れを見た。
「…俺はルーディオだ。あんたは?」
「クルサスです。」
「さっき、最近まともに食事をしていないと言っていたが…。長雨の影響か?」
「…ええ。村を出てから10日後、長雨に降られて1週間足止めされました。」
「災難だったな。」
「まさかこんな時期に長雨が降るとは思ってませんでしたからね。」
クルサスは苦笑気味に言った。
「そうだな…。どれだけ準備しても、想定外にはかなわないな。」
ルーディオも苦笑する。
「とりあえず、あんたは何か食べたほうがいい。
 今頃、兄弟達がキャンプを張ってるはずだから、そこへ行こう。ここからそう遠くはない。
 食料には余裕があるから、あんたの分の用意できるだろう。」
「ありがとうございます。助かります。」
クルサスは、ルーディオに促されて歩き出した。
しかし、数歩歩いて立ち止まり、魔物の方を振り返った。

「…どうした?」
ルーディオがクルサスの方を振り返って訊く。
「…あの、少し待ってもらっていいですか?」
「…?それは別に構わないが…。」
クルサスは剣を抜いて、倒れた魔物たちの中心へ歩いて行った。
そして地面に剣を突き刺し、目を閉じる。
そのままの体勢で彼は口を開いた。

「Erobonotehnetahamatim,ireacotehitustahimonos,oyihcatonomateoowemukay.」

言い終えると同時に、彼の周りに炎の渦が現れ、魔物たちを包み込んでいく。
炎は暫くの間燃え続け、やがて消えた。
魔物達も、緑色の光の粒となり空へと散った。
クルサスは剣を鞘に戻し、ルーディオの元へと戻った。

「一体…、何をしたんだ…?」
ルーディオは不思議そうにクルサスに訊く。
「…魔物とはいえ、彼らも同じ命であることに変わりありません。
 彼らを慰める意も込めて…、土に還しました。」
クルサスは、さっきまで魔物たちが横たわっていた場所を見て言った。
「敵対する者の命を尊ぶことは…、なかなか出来る様な事じゃない。
 あんたは…、本当に命を大切にしているんだな…。」
ルーディオもクルサスの見ている場所を見た。

「…行こうか。」
暫くの後、ルーディオはクルサスを促し、歩き出した。

「(…それにしても、さっきの言葉……。)」

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