日が沈みかけた頃、2人は目的の場所に着いた。
大きなテントが張られ、近くに火が焚かれている。
近くに、4人の人影が見える。
そして、その奥に見えるのは…。

「…竜!?」

闇夜のように真っ黒な体の、とても大きな竜。
その竜が、体を丸めて静かに眠っている。

「ん?ああ、ライエンのことか。彼には大分無理をさせてしまったからな…。
 ゆっくり、休んでもらわないと…。」
クルサスが驚いたように言うと、ルーディオはクルサスを見たあと、
黒い竜―ライエンの方を見て言った。
「あ、あの竜は、あなた方と一緒に旅を…?」
「ああ。とある場所で出会ってから、ずっと一緒に旅をしている。」
「……。」
クルサスは、目の前の光景が信じられなかった。
姿を見る事すら難しい竜が、人と一緒に旅をし、生活している。
まるで、それが当り前だというように。

ルーディオが、こんな所で立ち止まっていても仕方がない、と歩き出そうとしたとき、
食事の準備をしていた金髪の少女が、ルーディオたちに気付いた。

「あ、お兄ちゃん!良かった、ちゃんと戻ってきてくれて。」
そう言いながら駆け寄ると、にっこりと微笑んだ。
「当り前だ。…それよりシャイン、もう食事にするのか?」
「うん。お姉ちゃんたちと話し合って、少しはやいけど食事にしようって。」
そして、彼女はクルサスのほうに向き直って口を開いた。
「わたし、シャイン。あなたは?」
「僕はクルサス。魔物に襲われていたところを、ルーディオさんが助けてくれました。」
一瞬だけルーディオの方を見て、そう答えた。
「そっかぁ。よろしくね、クルサス。」
「こちらこそ。」
そう言って、2人は握手を交わした。
「…シャイン。」
「何?お兄ちゃん。」
「準備は、まだ始めたばっかりか?」
「うん。そうだけど。」
「なら、丁度良かった。クルサスの分も一緒に作ってくれ。」
「うん!分かった!お姉ちゃんたちにも言っておくね!」
そう言って、シャインはテントの方へ走り去った。

「すみません、こんな場所では食料は貴重なのに…。」
「気にするな。困ったときはお互い様だ。それにさっきも言ったが、余裕はあるしな。」
「ありがとうございます…。」
クルサスは、彼の心遣いに感謝した。

「あっと、そうだ。」
ルーディオは駆け足でテントの方へ向かい、中を探った。
「兄さん、何か探してるの?」
「エメルディか。確か、予備の水筒があったろ?それがどこにあるか知らないか?」
後ろから声を掛けられ、ルーディオは振り向いて答える。
「水筒なら、そこの隅の袋の下敷きになってるよ。」
少しウェーブのかかった、緑色の髪の少女はそう言った。
「ここか?……ああ、あった。」
ルーディオは水筒を1つ手にしてテントの外へ出た。
「それ、クルサスって人に渡すの?」
「ああ。彼の話だと、最近はほとんど飲まず食わずだったらしいからな。」
「ぇえっ…。」
ルーディオが答えると、エメルディはかなり驚いた様子だった。
「だから、彼のためにも、食事の方をよろしく頼む。」
「うん。アタシ達、いつもより気合い入れて作るから!」
「ああ。頼む。」
そう言って、エメルディは食事の準備のために戻っていった。
ルーディオも、駆け足でクルサスの元へと戻る。

「クルサス。」
ルーディオは、近くの木の下に座ってぼうっとしていたクルサスに声をかけた。
クルサスは彼に気付いて顔を上げる。
「あんたは全然口に出さないが、本当はかなり喉が渇いてるんじゃないかと思ってな。
 予備の物だが水筒を持ってきた。水はたくさん入っているから、飲むといい。」
ルーディオはクルサスの隣に腰を下ろすと、クルサスに水筒を渡した。

正直なところ、ルーディオの言うとおりだった。
ここ数日間はほとんど水を飲んでいなかったし、昨日からは口にしてすらいない。
そのせいで、喉がヒリヒリと痛む。
そんなときに渡されたこの水筒は、クルサスにはとても有難かった。
クルサスはルーディオの方を見た。彼は微笑みながらうなずき、飲むように促す。
クルサスは水筒のふたを開け、ゆっくりと口にする。
渇いた喉を、身体を、水が潤していく。
その水は、冷たくてとてもおいしかった。
「ありがとうございます。とても、助かりました。」
クルサスは軽く息をつくと、お礼を言った。
「そうか。それなら良かった。」
ルーディオは安心したように返事をした。

穏やかな風が頬を撫でる。オレンジ色の鮮やかな夕陽が、とても綺麗だった。
「…まだもうしばらくかかりそうだな。できるまで、話をして待とうか。」
食事の準備をする3つの人影を眺めながら、ルーディオが言った。
「そうですね。」
クルサスは空を眺めながら答えた。

「兄貴!」
何を話そうか考えていたところへ、一人の青年が駆け寄ってきた。
クルサスよりも明るい、赤というよりもオレンジに近い髪。
緑色のバンダナを頭に巻いていた。
「ファイエル、どうした?」
「ヒマになっちまったから、話の仲間に入れてもらおうかと思ってさ。」
「それは別に構わないが。」
ルーディオが返事をすると、ファイエルはクルサスの隣に腰を下ろした。
「あ、オレ、ファイエル。5人兄妹の下からニ番目。よろしくな、クルサス。」
「あ、うん、よろしく。」
いきなり自己紹介されて、少し戸惑いながら返事をする。
「みなさん、兄妹だったんですね。」
「ああ。ライエン以外はな。」
クルサスが少し驚いたように言うと、ルーディオがそう答えた。
「ルーディオの兄貴が一番上で、その下があの青髪のレイナ姉ちゃん。
 その次が緑色の髪のエメルディで、オレ。で、シャインが一番下。」
ファイエルが、それぞれを指しながら兄弟関係を説明した。
そう言われると、確かに彼らがそれ相応の歳に見えてくる。
「5人もいると、賑やかそうでいいですね。」
クルサスはルーディオの方を見た。
「確かに、飽きはしないな。…だが、多ければ多いでそれなりに大変だぞ。」
「そうですか?」
「まあな。たまには、全体をまとめなければならない、
 一番上の立場にもなって欲しいものだな。」
ルーディオは、そう言ってファイエルの方を見る。
「何でそこでオレを見るんだよ。イヤミか?」
「さあな。」
ファイエルが不満そうに言うと、ルーディオはそっけなく返した。
クルサスは彼らのやりとりを見て苦笑いした。

「あなた方は、どうして旅を?」
場を仕切りなおすために、クルサスは話題を変える。
「…そうだな。簡単に言うなら…、世界を守るため、かな。」
「世界を…?」
クルサスは、思っていたよりもずっと大きく、
重い使命を彼らが背負っていたことに、驚きを隠せなかった。
「…いろいろ調べてまわった結果、それを達成するうえで、
 古の黒竜であるライエンの協力が不可欠であることを知った。」
ルーディオはそう続けた。
「…!じゃあ、あの竜は…。」
クルサスは、静かに眠っている黒い竜を見たあと、ルーディオとファイエルを見る。
「…古の黒竜だよ。」
ルーディオがうなずき、ファイエルがそう答えた。
「でも、古の黒竜は500年前、賢者の手によって封印されたと…、言い伝えで聞いています。」
クルサスは確かめるように、ゆっくりと訊いた。
「それは事実だな。本人もそう言ってたし。」
ファイエルが頭の後ろで手を組みながら答える。
「…?じゃあ…。」
「俺達が彼の封印を解いたんだ。今から半年程前にな。」
「……!?」
クルサスが疑問を言い終えないうちに、ルーディオが間髪入れずにそう言った。
クルサスは、驚きのあまり言葉を続けることが出来なかった。

―古の黒竜。その姿から闇の化身とも言われた、伝説の竜。
 強大な力を持ち、2000年以上も前から、ずっと人と共に暮らしてきた。
 しかし、持っていた力があまりにも強大すぎたため、力を持て余し、人を次々と襲った。
 賢者は、人々をその恐怖から解放するために、今から500年前に古の黒竜を封印した。―
…言い伝えではそうなっていた。

「旅を続けていて分かったことだが、俺達は…、ライエンを封印した賢者の末裔らしい。
 封印することが出来たのなら、その逆も出来るはずだ、と…。」
「……。」
ルーディオはうつむいた。クルサスは、言葉を返すことが出来なかった。

一瞬の沈黙があって。

「なぁ、クルサス。」
ファイエルが、視線をライエンに向けたまま、クルサスに呼びかける。
「…なんでしょうか。」
「クルサスは、言い伝えのこと、どう思う?…その通りだと思うか?」
「僕は…、言い伝えには、疑問を持っています。
 ずっと人と暮らしてきたのに、突然人を襲うとは、とても思えません。
 人間の勝手な思い込みなんじゃないかって…、僕はそう思います。
 …根拠は、無いですけど。」

それが、正直な考えだった。どうしても、古の黒竜が人を襲うとは思えなかった。
特に、彼本人をこの目で見てからは。

「そうか…。よかった…。」
「…真実を見極めることのできる者がいる。それだけで、彼にとって大きな心の支えとなる。
 クルサスがそう言ってくれて、正直安心した。」
ファイエルとルーディオが、安堵の表情を浮かべて言った。
「実際のところ、ライエンが人を襲うことは決してなかったんだ。
 ただ、古の人々はライエンのもつ強大な力を恐れていた。
 だから、賢者が彼を封印してしまったんだ。」
ルーディオは軽く息をつき続ける。
「人々が恐怖を語り継いでいくうちに、彼は邪悪なものへ作り変えられてしまった。
 そして、現在の人々は、それを本当のことだと信じ込んでいる。
 偽りを真実だと思い込んだ人々からの誤解と差別に、彼は500年以上も苦しんできた。
 だから…、その誤解を解くことも、俺たちの旅の目的の一つといえるな。」
ルーディオはそこで言葉を切った。
「……。」
クルサスはライエンの方へ顔を向けた。
右目につけている眼帯のベルトに、夕陽が反射する。

静かに眠っているライエンの姿が、自分と重なって見えた。
人を襲う邪竜と信じられ、500年以上も忌み嫌われてきた彼。
オッドアイというだけで邪悪な存在といわれ、差別を受け続けてきた自分。
竜とオッドアイという差はあるが、同じ痛みを持っていることに変わりはなかった。

「彼も僕と同じ、か…。」
クルサスは呟くように言った。
「…?どういう意味だよ、それ…。」
ファイエルが気になって訊く。
「え…、いや、なんでもないです。気にしないで下さい。」
クルサスは慌ててごまかす。
「何だよー…。そう言われると余計気になるじゃんかー…。」
ファイエルが仰向けにひっくり返って言う。
「クルサスにはクルサスの理由があるんだ。深く追求するな。」
「……分かった。」
ルーディオに言われ、ファイエルは起き上がって返事をした。

クルサスは内心焦っていた。自分がオッドアイであることを、彼らは知らない。
今までの経験から、下手に明かすとどうなるかは分かっている。
相手の考えを確認しないまま明かすことになるのか、と一瞬思ったが、
ルーディオが「追求するな」といってくれたことで明かさずに済んだ。
クルサスは心底ほっとした。

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