それから時がたって、日は完全に沈み、辺りは夜の闇に包まれていた。
空には雲一つなく、たくさんの星が瞬いている。
「ねぇ、クルサス、眠かったら寝ていいのよ。無理に起きてる必要ないんだし。」
月がだいぶ昇った頃、焚き火の側で座ってうつらうつらやっていたクルサスに、
エメルディが声をかけた。
シャイン、ファイエル、レイナ、そして竜の姿に戻ったライエンは、すでに眠っている。
「そうだな。疲れているだろうし、あんなに飯食わされれば、
腹もいっぱいになって眠くもなるだろう。」
ルーディオは視線だけエメルディに向けて言う。
エメルディの目は泳いでいた。
「…まぁ、あれを完食したお前もお前だがな。」
視線をクルサスに移して言う。
クルサスは苦笑いを返した。
「でも、すごく空腹だったことは事実でしたし…、正直、ちょっと嬉しかったです。
それに、とても美味しかったですし。」
「ホント?」
クルサスの言葉に、エメルディは目を輝かせて反応した。
「はい。」
「よかった~!そう言ってくれると、気合入れて作った甲斐があったよ。」
エメルディはとても嬉しそうだった。
「じゃあ、僕は先に……」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
立ち上がろうとしたところを呼び止められ、クルサスは座り直した。
「寝ろって言っといて矛盾しているようで悪いんだが、一つだけ、訊きたいことがある。」
「なんですか?」
「大した事じゃないんだが…。お前が魔物の魂を慰め、土に還したときに使っていた言葉…、
あの言葉は『幻竜語』か?」
ルーディオは焚き火ごしにクルサスの目を見て訊いた。
「そうですけど…。知ってるんですか?」
「ああ。ライエンがたまに使っているからな。…あの時はなんて言ってたんだ?」
口を挟むようなことはしなかったが、エメルディも興味深げに話を聞いていた。
「『役目を終えた者達よ、その身は土へと還り、御霊は天へと昇れ』…。そう言いました。」
「なるほど…。そうか、ありがとう。機会があったら、幻竜語のことをいろいろと教えて欲しい。」
「はい。分かりました。」
クルサスは頷いて返事をした。
「ねぇ、クルサス、ライエンと話をする時に…、たまにでいいから、幻竜語を使ってあげて。
やっぱり、もともと自分が使ってた言葉のほうが落ち着くと思うし、話しやすいだろうから。」
エメルディが、ライエンを気遣う口調でクルサスに頼んだ。
「ええ、そうします。…それでは、僕は先に失礼しますね。」
クルサスは立ち上がる。
「俺もそろそろ寝るかな。エメルディ、見張りをよろしく頼む。時間になったら起こしてくれ。」
「オッケー!まかせといて!」
エメルディは両手を腰に当てて返事をした。
クルサスはテントのすぐ近くで横になり、目を閉じた。
深い眠りへ落ちるのに、そう時間はかからなかった。
――真夜中。
淡い光を放つ月は、一番高いところまで昇っていた。
「兄さん、起きて。時間だよ。」
周りの者まで起こさないよう声を控えめにしながら、ルーディオを軽くゆすり起こした。
「……ああ。もうこんな時間か。…状況は?」
「特に変わりはないわ。異常があったらみんなとっくに叩き起こしてるけど。」
「…それもそうだな。」
ルーディオは笑い混じりに言う。
それから、ふとクルサスの方を見た。
彼は、自分のマントに包まるようにしてぐっすりと眠り込んでいた。
「相当、疲れてたみたいね。」
「一人だと、眠っている間も警戒しなければならないからな。
寝ても寝た気にならないだろう。
…あとは、こんなただっ広い大平原で人に会えたっていう安心感もあるだろうな。」
「そうね…。自分を理解してくれる人だと、なおさらね…。」
「エメルディ……。」
エメルディが、切なげな表情を見せた。
その表情も、次の瞬間には消えていた。
「じゃ、アタシ、もう寝るからね。」
「ああ。…エメルディ。」
「何?」
「クルサスが朝早くに起きなくても、そのまま寝かせといてやろうな。」
「…うん。じゃ、おやすみ。」
「ああ。お休み。」
――次の日の朝。
既に日の出から1時間は過ぎている。
まだ空気はひんやりしていて、うっすらと朝靄がかかっている。
「……う………。」
周りの明るさで目が覚めたクルサスは、目をこすりながらゆっくりと起き上がった。
眼帯を袋から出して、右目に着けようとして、やめた。
今ここで着ける必要はない。
クルサスは眼帯を袋に戻した。
「お、やっと起きたな。」
目を覚ましたクルサスに気付いて、ファイエルが駆け寄ってきた。
「あ……。」
クルサスは辺りを見回す。
皆それぞれが、自分の荷物の確認をしていた。
すでに終えている者も何人かいる。
「みんな、もう起きてたんですね…。もしかして、待たせちゃいましたか…?」
「ん?まあな。」
クルサスは、やっぱり、という表情をした。
「起こしてくれればよかったのに…。」
「まぁ、気にすんなって。
兄貴はクルサスが起きるまで、そのまま寝かしとくつもりだったらしいし。」
ファイエルは頭の後ろで手を組み、楽天的に言った。
ルーディオもクルサスが起きたことに気が付いたらしく、歩み寄ってきた。
「クルサス、目が覚めたか。…昨夜はよく眠れたか?」
「はい。おかげでぐっすり眠れました。
夜中に一度も目を覚まさずに寝たのは久しぶりです。」
クルサスは立ち上がる。
「そうだろうな。夜中に見張りを交代したときも、お前はしっかり眠っていた。
疲れもだいぶ取れたんじゃないか?」
「そうですね。いつもは朝起きても疲れた感じは残ってたんですけど、
今日はすっきりした気分です。」
「そうか。それならよかった。…お前さえよければ、俺達はいつでも出発できる。
準備が済んだら、声かけてくれ。」
「分かりました。」
ルーディオはそう言うと、ファイエルと二人でテントをたたみ始めた。
クルサスは手早く準備を済ませると、レイナ達と挨拶を交わし、
ライエンのいる場所へと向かった。
「ライエンさん。」
「あ、クルサス。おはよう。」
人の姿で木の下に座って休んでいたライエンは、顔を上げて返事をした。
心なしか、少し元気がないように見える。
「おはようございます。…Enusediknetiiomuoyk.」
「…!!Nnu.Enaduos.…クルサスは、今も幻竜語使ってたんだね。
君は小さかった頃からよく使ってたけど、今も使ってるとは思わなかったよ。」
そう言ったライエンは、驚きながらも、とても嬉しそうだった。
まさか、自分が本来使っていた言葉で話ができるとは思っていなかったのだ。
ライエンの表情が明るくなる。
「クルサスって幻竜語しゃべれたんだ!すっごーい!」
会話を近くで聞いていたシャインが、声をあげて駆け寄ってきた。
それを聞きつけたほかの者達も、二人の元へ集まってきた。
「ね、今なんて話してたの?」
シャインは興味津々だ。
「そんな大したことじゃないですよ。
僕はライエンさんに『今日もいい天気ですね。』って言ったんです。」
「だから『うん。そうだね。』って返事したんだ。」
二人の返事を聞いて、シャインは納得したようだった。
「今度、いろいろ教えて欲しいな。」
「はい。時間のあるときに、ゆっくりお話したいです。」
「そうだね。そういえば、みんなにあんまり話してなかったね。」
二人は頷いて言った。
「話は変わるが…、クルサス、もう支度は済んだのか?」
ルーディオが訊ねる。
「はい。いつでも出発できます。」
「そうか。なら、そろそろ出発するか?」
その場に集まっていた一同に確認する。
ルーディオの問いに対して、皆頷いた。
「よし。じゃあ出発しよう。」
クルサスは、彼らと共に歩き出した。
自らの記憶を、取り戻すために。
長い長い旅の始まりである。
第二話へ続く…