「…悪いな。こんな事手伝わせて。」
「いえ、気にしないで下さい。こういうの慣れてますし。」

ルーディオ達5人兄妹とライエン、そしてクルサスは、
小さなテントの中に無造作に置かれた荷物を整理していた。
水や食糧、衣服、武器を手入れするための道具、その他必要なものを、
それぞれに分けてまとめる。

「でも、クルサスが手伝ってくれたおかげで、だいぶ早く終わりそうよ。
 いつもなら、この倍の時間はかかってるのに。」
レイナはそう言いながら、持っていた服を袋に入れた。
「せめて、もう少し分かりやすく置いてくれれば助かるんだがな。そこのお二人さん。」
「悪かったって。」「悪かったわよ。」
ルーディオが皮肉っぽく言うと、ファイエルとエメルディは揃って口をとがらせる。
「まぁいい。…よし、これで終わりだ。」
整理する前と比べると、かなり小さくまとまった。

「あの、あれは…?」
片付け終わって顔を上げたとき、青く光るものが目に入った。
「これかい?これは『氷炎のギター』っていうんだ。
 いつか君に会ったとき、渡そうと思ってね。ずっと持ち歩いてたんだ。」
ライエンがそれを手に取って言った。
「僕に…?」
「うん。…実はしばらく前に、いつの間にか僕のそばにあってね。
 直感的に思ったんだ、クルサスに渡さなきゃって。」
ライエンはクルサスにギターを差し出す。
「…?でも、たしかそれってライエンしか…。」

シャインがそう言いかけたときには、ギターは既にクルサスの手に渡っていた。
透明度の高い、決して溶けることのない氷でできたギター。
表面が軽く加工されていて、光の当たる角度によって青くキラキラと輝いている。
また、中で揺らめいている炎が、まるで夜空の星の瞬きのように見えていた。
クルサスは、さまざまな角度からギターを眺めた。
見た目の美しさからだけではない。
何か、不思議な感覚を覚えたからだ。

「…わたしたちには、触れるどころか、手を近づけることすらできなかったのに…。」
シャインが、驚き混じりの声で言った。
「そう…なんですか?」
「ああ。物凄い冷気を放っていてな、近づけた手が痛くなる程だった。」
驚いて訊ねたクルサスに、ルーディオが言った。
「じゃあ、何故、僕はこれを……。」
「……。おそらくだけど、これは本来、君の中に存在していたものだ。
 君は記憶を失ってしまったといっていたね。
 僕の考えが正しければ、そのことに関係してると思う。
 …もっとはやく、このことに気付くべきだったな。」
ライエンは冷静に、しかしどこか寂しそうな調子で言った。
「僕の中に…?それに、記憶喪失に関係してるって、いったい…。」
「そのギター、弾いてみてよ。…たぶんそれでわかる。」
戸惑うクルサスに、ライエンが促す。
「…分かりました。じゃあ…。」

クルサスはテントを出て、手頃な岩に腰掛けると、音を確かめるように弦を爪弾く。
やがて、クルサスは口を開き、歌い始めた。
普通に話しているときよりも、高く澄んだ声。
赤と青の瞳は、ずっと遠くを見ていた。

「緑の風が舞い 波立つ湖に
 夕暮れの空と共に 自らを映し
 親しき友たちと 声をあげて笑い
 互いの影ふみ走り 空見上げる

 ひらひらと舞う 姿追い 見たものは
 闇夜の海に 咲いた 光の花

 光の花に かざした 手のひら
 光は消えて 闇夜に 溶け込む
 消えない花を 探して 気付いた
 花の光は 夜空の星と なったことに

 優しく穏やかな 夜の闇に抱かれ
 淡く輝く 月明かりに見守られて
 瞬く星たちと 深い霧と共に
 今日もまた 夢の中へまどろんでく

 いつか 朝陽の温もりに 出会うため」

8分の6拍子の、人が歩くような、ゆっくりとした速さの曲。
穏やかで優しくて、それでもどこか寂しげな、そんな歌だった。

「クルサス、その歌は…?」
歌い終えたクルサスに、ルーディオはそっと訊ねた。
「…自分でも、よく分からないんです。
 はじめは、歌うつもりは全くなかったんですけど…。
 気がついたら歌ってたって感じで…。」
クルサスは自分でも驚いていた。

心の奥底から、自分自身に何かが訴えかけてくるような、不思議な感覚。
そして、それを歌として表現したような、そんな感じだった。

「誰かに教わったというわけでもないのに……。
 ずっと昔から、この歌を歌い続けていたような気がする…。」
ギターの中で揺らめいている炎を、過去を見る様な目で見ながら言った。
「…その歌は、誰かに教わるようなものじゃない。
 それは、君がこの世に生を受けた時から、ずっと君の中にあるものだよ。
 …やっぱり僕の考えは正しかったみたいだ。」
「えっ…。」
テントの近くで歌を聴いていたライエンが、クルサスの目をしっかりと見て言った。
「それ、どういう事…?」
焚き火の側で聴いていたレイナが、ライエンに訊いた。
ライエンは目を閉じた。

ライエンは目を閉じた。
「クルサスが今歌ったのは『記憶の歌』…。記憶を失った者のみが歌える歌……。」

「記憶の歌…?」
クルサスが訊き返す。
「そう。記憶の歌は、何らかの原因で過去が思い出せなくなってしまった時、
 それを思い出すための道標(みちしるべ)として、音楽となって現れる。」
ライエンはクルサスの目を見て続ける。
「この世に生まれてからの経験とか思い出を、自らの心で綴ったものなんだ。
 つまり、記憶の歌はその人の記憶そのもの。
 だから、人それぞれが自分の歌を持ってるし、その歌は本人にしか歌えない。」
「じゃあ、私達もその歌を持っているってこと?」
レイナが、ライエンに静かに訊いた。
「うん。僕には僕の歌があるし、みんなもそれぞれが持ってる。
 でも、自分の歌がどんな歌なのかは、自分でも分からない。
 ……記憶を失ってはじめて、歌として歌うことができるものだから。」
ライエンは目を伏せた。
彼が一瞬、寂しげな表情をしたのが、クルサスには分かった。

そのまま暫く、静かな時が流れた。
やがて、ライエンは顔を上げると、クルサスの方へ歩み寄った。
それにあわせて、クルサスはギターを持ったまま岩から降りた。
「このギター、君に渡すことが出来て良かった。
 その歌が、記憶を取り戻すための道を示してくれるはずだよ。」
「あ…、はい。」
一瞬、沈黙が流れた。

「…あ……、えっ…と……。」
ライエンは口ごもり、クルサスから視線を外す。
「…ライエン…さん…?」
哀しげな表情をするライエンが心配になり、クルサスは声をかけたが、
返事は返ってこなかった。

「……ごめん、……ちょっと…。ごめん……。」
クルサスからそらしたライエンの目は、涙ぐんでいた。
「あ、あの…。」
クルサスはどうしたらいいかわからず、声をかけるだけで精いっぱいだった。
「寂しい…んだな?
 久しぶりに出会った大切な相手が、記憶喪失となっていた。
 自分のことがわからず、記憶喪失を裏付ける歌まで聞いてしまって、
 …それで気持ちがあふれてしまったか。」
「うん……。」
ルーディオが言い終えるころには、ライエンの目からは涙がこぼれていた。
「…ごめんね、クルサスには余計な心配とか負担とか、かけたくなかったから、
 我慢してたんだけど…。どうしよう、涙、止まらないよ……。」
ライエンは手の甲で涙をぬぐいながら、困ったように笑った。

「あの!…あの、僕、絶対に記憶を取り戻します!
 どんなに時間がかかっても、必ず……!」
これ以上彼に寂しい思いをさせたくない、その想いから出た言葉だった。
ライエンを真っ直ぐ見つめるその瞳は、固い決意に満ちていた。
「クルサス…。うん、ありがとう。僕も、できる限り、記憶を取り戻す手伝いをするから…!」
ライエンは涙声でそう言うと、クルサスの胸に顔をうずめた。
クルサスは彼の背にそっと手を添えた。
そうしてしばらく、静かな時が流れた。

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