実際、クルサスの言ったことは、自分でそう簡単に言えるようなことではない。
よほど前向きな思考でなければ無理だろう。
自分にとって苦となる事を、前向きに考えることができる心の強さを、彼は持っている。

「気長にやるって言ったって、手掛かりみたいなモンはあるのか?」
ファイエルが問う。
「いえ、それは無いに等しいんですけど…。」
「おいおい。」
予想外の返答に、ライエンとルーディオ達兄妹は思いっきり力が抜けてしまった。
「自分の事なのにずいぶん気楽な人ね…。」
エメルディは呆れたように言う。
「あははは……。でも、全く無いって訳でもないので…。」
苦笑いを返した後、クルサスはそう続けた。

「それ、どういう事?」
驚いたようにシャインが訊いた。
「1ヶ月前にいた村で、宿屋の女主人から、ある話を聞いたんです。
 話の最後で気が付いたんですけど…、その女主人が、僕の母だったんです。
 はじめはお互いに気付いてなくて…。彼女が僕の母だと分かったのは、
 この…、お守りのことが、話の中に出てきたからです。」
そう言うと、袋の中から白く光るものを出して見せた。
「うわぁ、すごーい…。」
「スゲェな、これ。模様とかめっちゃ細かいし。」
「キラキラ光って、とても綺麗ね。」
彼らは口々に感想を述べる。
手のひらに納まる程度の、細かな竜の装飾が施されたお守り。
焚き火の光を受けて、キラキラと輝いている。
「これは、父の牙で母が作ってくれた物なんです。
 父の牙であることは、女主人から聞いた話で知ったことですが…。」
「…?父の牙っ…て、お前…。」
ルーディオが驚いたように言った。

「クルサスのお父さんは、竜なんだ。」
ライエンが続けた。
「竜!?」
「うそ…!?」
驚きのあまり、彼らはそれ以上言葉を続けることができなかった。
「僕は、クルサスのお父さんのことも、よく知ってるよ。昔からの知り合いなんだ。」
「そう、なんですか?」
クルサスが訊いた。
「うん。だから、よく君の家に遊びに行ったりしたんだよ。」
「……。」
だから、僕のことを幼い頃から知っていたのか。
そうでなければ、彼と僕の関係を見い出せない。
「…じゃあ、クルサスが聞いた話って…?」
レイナが少しためらいがちに訊いた。
「僕の、過去のことです。…ほんの、一部ですけど。
 それが、記憶を取り戻す手掛かりにならないかなって…。」
「なるほど、全く無い訳じゃないっていうのは、そういうことか。」
ルーディオが納得したように言う。

「でも、お母さんは、クルサスに気付いてなかったんでしょ?
 どうして、その話を聞くことになったの?」
シャインが新たな疑問をぶつけた。
「確かに、僕のことには気付いていませんでしたし、
 僕も彼女が母だということに気付いてませんでした。
 …僕はその時、『オッドアイ』の事をどう思っているのか、
 いろんな人に訊いてまわってたんです。
 その質問を彼女にもしたところ、自分の息子もそうだったっていう話になって…」
そういった瞬間、クルサスは、自分が言い過ぎてしまったことに気が付いた。

「クルサス、お前…。」
「……。」

クルサスは彼らから目を逸らした。
うかつに明かせばどうなるかは分かっている。
しかしあろうことか、相手に確認もとらずに、オッドアイである事を自分から明かしてしまった。
簡単に明かさないように、注意していたはずなのに。…これはもう、完璧に自分のミスだ。

「お前、オッドアイだったのか…。」
「……。」
「じゃあ、クルサスが眼帯をしていたのは…。」
「……オッドアイであることを、……隠すために、着けていました。」
自分から明かしてしまった以上、彼らの前で眼帯をしていても無意味だ。
クルサスは、右目に着けていた眼帯を外した。
澄んだ蒼い左目とは対照的な、深く鮮やかな紅い瞳。
その両目は、誰とも視線を合わせようとはしなかった。

…怖かった。彼らが、どんな反応を返してくるか。
この場から立ち去れと、言われるのではないかと。
反応が返ってくるまでの一瞬が、とても長く感じられた。

「大変、だったんだな、あんたも…。記憶を失ってしまった上に、オッドアイだったとは…。」
同情するようにそう返してきたのは、ルーディオだった。
「なんで…。なんで、クルサスが片目を隠さなきゃいけないの?
 目の色が違うだけで、ほかは何も変わらないのに…。」
「そうよ…。たまたま、左右で色が違うだけじゃない…。」
誰に訊くでもなく、自分に言い聞かせるように言ったのは、シャインとエメルディ。
「オレは、オッドアイが悪者だって話にはどうも納得いかねェ。
 だいたい、そんな証拠がどこにあるってんだよ。」
「私もファイエルと同じ気持ちよ。この世に生まれてきた、同じ命であることに変わりはないわ。」
ファイエルとレイナは、より直接的にオッドアイに対する理解を示した。
「僕もみんなと同じ意見だよ。君のことは昔から知ってるし、理解もしてるつもりだ。」
最後に、ライエンがそう言葉を添えた。

「……!」
思いもよらなかった返答に、戸惑いすら覚えた。
「……あ……ぅ…。」
みんな、オッドアイの事を理解してくれている。
自分の存在を認めてくれている。
クルサスは、自分の中から込み上げてくるものを、抑えることができなかった。
「…あ…ありが…とう…。みん、な……あり…が、と……。」
「お、おい、クルサス?」
「…ぅ……っく……。」
「ク、クルサス、泣くなって。いきなりどうしたんだよ…。」
クルサスが泣き出した理由がよく分からなかったファイエルは、慌てた様子で声をかけた。
「……う、うれし…かった…ん、です…。
 オッド…アイは…、人々……から…、忌み、嫌われ…ている……存在、です…。
 この場…から…、立ち去れと……言われ…ると…ばかり、思って…いたので…、
 あな…た、方が…、そう…言って……くれて…、とても、うれし…かった……。」
こらえようとしても、次から次へと涙が溢れてくる。
袖では拭いきれず、両手て顔を覆ってしまった。
「別に、オレ達は、オッドアイは何も変わらないって…、それが当り前だと思って…。」
「…オッド、アイが……、何も…変わ、ら…ないと……、当た…り、前の…よ、うに……、
 思って…い、て…くれた……こと…が…、一番………ぅ……っく……。」
「クルサス…。」
クルサスの言葉は、途中からしゃくりあげる声に変わっていた。

自分では大した事はない、と思っていたことでも、相手にとって大きな支えとなることがある。
その存在が、一人でもいるかどうか。その差は小さく大きい。
傷を受けた者にとって、その存在の大きさは計り知れない。

「…真実を見極めることのできる者の存在は、彼にとって大きな心の支えとなる、か…。」
ライエンは呟くように言った。

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