-夜と月-

あるとき、夜と月の兄弟がいました。
夜がお兄さんで月が弟です。
二人はとても仲良しでした。
仕事をするときはいつも一緒です。
二人の仕事は、人々に安らぎと眠りを与えることです。

夜はいつも決まった時間になると、空を暗くして、
きらきら光る星をちりばめて空を飾ります。
月は光の衣をまとい、その舞台の上をゆっくりと移動しながら、
毎日違う姿で舞を踊り、人々を楽しませていました。
そうするうちに、人々はいつのまにか穏やかな眠りにつき、
心地よい夢をみるのです。
月の舞が終わると夜は星を片付け、空を明るくして朝にします。
そうすると人々は次々に目を覚まし、また元気に活動をはじめます。
二人はその様子を見るのが大好きでした。

けれどあるとき、夜はなんだか寂しい気持ちになりました。
光の衣をまとって踊る月はいつもたくさんの人が見てくれますが、
舞台を作っている夜を見てくれる人は、だれもいないからです。

夜は、しばらくの間は我慢して仕事を続けていましたが、
いつも注目の的になっている月が羨ましくてたまらなくなりました。
そしてとうとう、自分も見てもらいたいという気持ちがおさえられなくなって、
満月の舞を踊っていた月の光を、突然、食べ始めてしまいました。
月の光がなくなれば、自分も見てもらえると思ったからです。

突然のできごとに、月はなすすべなく立ち尽くします。
人々は驚き、嘆き悲しみました。
夜は月の光を食べ続け、ついに光を食べつくし、
月の姿を隠して真っ暗闇にしてしまいました。
そして、夜は舞台のまんなかに座り込んでしまいました。

月は最初、夜を怒ろうとしましたが、あまりに悲しそうな顔をするので、
夜を怒ることはできませんでした。
月は夜に光を返してほしいと頼みましたが、
夜は聞き入れるどころか、泣きだしてしまいました。
仕方がないので、月は夜の隣に座り、夜が落ち着くのを待つことにしました。

しばらく時間がたって、夜は落ち着きを取り戻してきました。
辺りを見ると、人々が、
月の光ががなくなってしまったことをずっと嘆き悲しんでいます。
夜はしかたなく、食べた光を吐き出して、月に返すことにしました。
少しずつ月に光が戻り、やがて月はもとの姿に戻りました。
月は舞の続きを踊りはじめましたが、
夜は舞台の裏に姿を消してしまいました。

やがて月の舞がおわり、夜は空を朝にする作業を終わらせると、
月を待たずにそうそうに家に帰ってしまいました。
いつもなら、夜は月と一緒に、しばらく人々の様子を眺めてから帰ります。
こんなことははじめてだったので、月は夜のことが心配になりました。
月は着替えを終わらせて、急いで家に帰りました。

月が家に帰ると、夜は机に伏せて泣いていました。
月が声をかけると、夜はびくっとして、怯えた目で月を見ました。
月は夜の隣に腰掛け、なぜあんなことをしたのかたずねました。
夜はしばらく黙っていましたが、
やがて、誰も見てくれなくて寂しかったことと月が羨ましかったことを話し、
最後に月に謝りました。

それを聞いた月は、とても驚き、同時に申し訳なく思いました。
夜がそんなふうに思っていたなんて、想像もしていなかったからです。
月は、夜の気持ちに気付いてあげられなかったことを謝りました。
そして、なんとか人々に夜を見てもらおうと考えました。
月は舞を踊ることをやめることはできませんが、
1ヶ月に一度だけ舞台に立たない日を作ろうと夜に提案しました。
それでも寂しくなったら、さっきのように光を食べればいいとも言いました。
夜はとても感激し、感謝の言葉を何度も述べました。
二人は月が舞台に立たない日を新月の日と名付け、
夜が月の光を食べることを月食と呼ぶことにしました。
そして、二週間後に最初の新月の日を作ることにしました。

二人はさっそく、そのことを人々に伝えるため、地上をたずねました。
そして、人々を集め、新月の日の話を伝えました。
それを聞いた人々はとても残念に思いました。
月の舞の見られる日が少なくなってしまうからです。
そこで、月は理由も説明しました。
兄の夜も同じように仕事をしているのに、
誰にも見てもらえず寂しい思いをしていること、
夜の仕事をみんなに見てもらいたいということ…。
月は月食の話もしました。

その話をきいた人々は、はっとしました。
光輝く月の舞ばかり見て、
安らぎと眠りを与えてくれる夜に感謝することを、忘れていたからです。
人々は反省して、深く頭を下げました。
そして、夜への感謝の気持ちを忘れないよう、
夜と同じ真っ黒な翼を持つことにしました。
人々が謝罪の気持ちを伝えると、夜は笑って許してあげました。

そして月はこういいました。
「闇がなければ、光は輝きません。それは世界も心も同じです。
 ときどき、闇にも目を向けてあげてください。」と。

人々が深くうなずくのを見ると、
人々に感謝の気持ちを伝えて、月と夜は一緒に空へ帰っていきました。

そしてまた、二人は人々に安らぎと眠りを与えるのでした。
よりいっそう、闇は深く、月は光輝いているようでした。

大学時代、世界各地の神話について調べて
レポートを書くという課題がありました。
これは、そのときに読んだ神話に感化されて書いたものです。
なので、言い回しとか、
登場人物が人なのかそうでないのかよく分からない感じとか、
その時に読んだ神話の影響を大分受けています。
デルヴィ族がどうして黒い翼を持つようになったかを言い伝えたもので、
絵本が多数出版されていて、
デルヴィ族にとっては身近な話、と言う設定です。
本編中の2人は、立場的にはライエンとリエンがモデルですが、
人物(?)自体はまったく別です。
不思議な感じが出ていたらいいなーと思います。