-近くて、遠い絆-

「…ふぅ。日暮れまでには着いたか…。」

ある村の前で、1人の青年が入り口のアーチを見上げていた。
彼の名はクルサス。
肩ほどの長さの赤い髪に、蒼く澄んだ左目。
右目には、細かい装飾の入った象牙製の眼帯をしている。
そして、鮮やかな色の髪とは対照的に、深い茶色の服を着て、
真っ黒なマントを身に着けていた。

彼の旅の目的は、2つの探し物を見つけ出すこと。
自分が、何一つ隠し事をしなくても生きていける場所。
そして、失ってしまった幼い頃の記憶…。
その2つを求めて、彼は1人、旅を続けていた。

クルサスは入り口のアーチをくぐると、まず店へ向かった。
水や食料、装備品など、旅に必要なものを買い揃え、
要らない物をすべて売り払った。
そして彼は、今までほかの村でもしてきたように、
村人にある質問をし、聞き込みを始めた。

「あの…。」
「ん?なんだ、旅人か?」
「ええ。実は、1つ訊きたい事があるのですが。」
「…なんだ?」
「…僕は、『オッドアイ』について調べています。
 何か知っていることがあれば、教えてください。」

村人の男は、『オッドアイ』という言葉を聞いた瞬間、顔をしかめた。
その時点で、クルサスには返事の想像がついた。

「まったく、何でまた、そんな物騒なものを調べてるんだ?
 あれは災いを呼ぶ者、邪悪の象徴だ。
 この村も、そいつがいたおかげで数多くの天災にみまわれたんだ。
 もうその言葉は、口にださんでくれ。」
「そう…ですか。分りました。」

クルサスが気落ちした声でそう返事をすると、
男は不機嫌そうにその場から立ち去ってしまった。
クルサスは、他の何人かの村人にも同じ質問をした。
が、返ってくる言葉はすべて同じだった。

「はぁ…。」
クルサスは視線を落とし、大きく溜め息をついた。
「(ここも…、ダメか…。)」

再び視線を戻すと、ひときわ大きな木が視界に入った。
その木はちょうど、村の中心に位置している。
クルサスはその木の根元までいくと、腰を下ろし、木の幹に寄りかかった。
木のぬくもりが、背中に感じられる。
その時、彼は、前にも同じぬくもりを受けていたような、不思議な感覚を覚えた。
クルサスは座ったまま、片手を木の幹に添え、体をひねって木を見上げた。
「(なんだろう…。この村には初めて来たはずなのに…。
 この木には、不思議な懐かしさを感じる…。)」

しばらくの間そうしていたが、ふと、枝に生い茂った葉の隙間から、
オレンジ色に染まった空が見えた。もう日が暮れかけている。
「(そろそろ、宿をとって休まないと…。)」
クルサスはゆっくりと立ち上がり、
荷物袋を肩にかけ、宿屋に向かって歩き出した。
途中、道行く人に眼帯の事を訊かれたが、
これは僕のアクセサリーです、とだけ答えて、足早にその場を後にした。

クルサスは、木でできたドアをノックして、宿屋の中に入った。
カウンターの奥で本を読んでいた女主人は、
クルサスに気が付いて顔を上げた。

「あら、いらっしゃい。あなた、見たところ旅人さんね?」
「ええ、そうです。今日は一晩、ここで休ませてください。」
「もちろん。とりあえず、そこにお掛けなさいな。」

40代後半ぐらいの人のよさそうな女主人は、
クルサスを小さなテーブルの席につくよう勧めると、
何かの入ったコップを持って来て、クルサスの前に置いた。

「これは…?」
「わたしの特製の薬湯よ。これを飲めば、疲れなんて吹き飛んでしまうわ。」
不思議そうに訊ねるクルサスに、女主人はそう答えた。
ゆっくりと、一口飲んでみる。
ハーブの香りが、体の中から癒してくれるようだった。

「とてもおいしいですね。リラックスできます。」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ。」
女主人はそう言うと、クルサスの向かいに座った。
「もしよかったら、今までの旅の話、聞かせてくれないかしら?」
「ええ。もちろんです。」

それから暫く、今まであった事を女主人に話した。
話を聞いているときの彼女の青い目は、まるで子供を見守っているようだった。

「…つまり、その『探し物』を見つけるために旅をしている、と。」
「ええ。…それで、あなたに1つ、訊きたい事があるんです。」
「? なにかしら?わたしに答えられる事だったら、分かる範囲で答えるわ。」

クルサスは、例の質問を持ち出した。
「僕は、『オッドアイ』について調べているのですが、
 何か知っていることがあったら、教えてほしいんです。」
「そのことが、あなたの探し物と関係してるの?」
「はい。」
「そうねぇ…。災いを呼ぶ者だとか、邪悪の象徴とかいわれてるけど…。」
クルサスはうつむいた。やっぱり、そうなのか…。

「…でも、わたしはそうは思ってないわ。」

「……!?」
意外な返答に、クルサスは両目を見開き、女主人の顔を見た。
…もっとも、相手には左目しか見えていないのだが。

「それは…、本当ですか…?」
クルサスは恐る恐る訊いた。
「ええ。本当よ。」
彼女は真顔で答える。
「でも、なぜ?村の人達は、みな『オッドアイ』のことを忌み嫌っていました。」
「…わたしも、息子のことが無ければ、
 その村人達の意見に流されていたかもしれないわね…。」
「息子の…?」

女主人は暫く黙りこんでいたが、やがて、口を開いた。
「…わたしの息子は、『オッドアイ』だったの。赤と、青のね。」
「……!!」
「もう8年も会ってないから…。
無事でいれば、多分、あなたぐらいの年になってると思うけど…。」
「その人のことを…、話して頂けませんか?」
クルサスは、半ば急かすように問い掛けた。
「ええ、もちろん。オッドアイの質問をされた時点で、話そうと思っていたから。」
クルサスの反応に少し驚きながら、女主人はそう言って、ゆっくりと語りだした。

「…息子はあなたと同じ赤毛でね、赤と青のオッドアイだったの。
 きっと、わたしの青い目と、父親の赤い目を片方ずつ受け継いだのね。
 息子は、父親に似てとてもやさしい子だった…。
 けれど、村の者たちは息子をよく思わなかった。
 こいつは災いを呼ぶ者だ、邪悪の象徴だといって、息子を差別した。
 夫と2人で、そんなことはない、と必死に抗議したけれど…、
 聞く耳すら持ってくれなかったわ。」
「……。」
「息子が生まれてから起きた災い…、
 干ばつや竜巻、魔物の襲撃は、すべて息子のせいにされた。
 息子が生まれる前から、天災にみまわれることはあったし、
 魔物に襲われることもあったの。
 それなのに、オッドアイだという理由だけで、すべて息子に押し付けられたの。」
「そんな…。ひどい…。彼には何の罪も無いのに…。」

親身になって聞くクルサスに感謝しながら、女主人は続けた。
「けれど息子は、どんな時でも、笑顔を絶やす事は無かった。
 わたしと夫が思い悩んでいる時も、
 『僕は大丈夫だから、父さんも母さんも心配しないで』
 といってくれた。あの子自身が、一番つらいはずなのに…。
 あの時わたしは、この子はなんて強い子なんだ、と心から思ったわ。
 そのあとも、何度も息子の笑顔に励まされた。」

女主人は少し間をあけた。

「でもね、そのうち、同年代の子供達からも相手にされなくなったの。
 一人寂しく、あの木の下で座って、
 他の子供たちを眺める息子の姿が見られるようになった。」
そう言うと、窓のほうに目を向けた。村の中心にある、大きな木。
「(この宿に来る前、不思議な感覚をうけた、あの木か…。)」

2人はすぐに視線を戻した。

「そんなある日、突然、村が魔物の群れに襲われたの。
 魔物はひどく飢えた様子で、逃げ遅れた息子に襲い掛かった。
 でも、村の連中は誰も助けようとはしなかった。
 それどころか、災いの元がなくなるといって、喜んでいたのよ…。」
「そんな…!」

クルサスの目には、怒りが宿っていた。女主人の目も、また同様だった。

「わたしは、恐怖で何もできなかったわ…。
 でも、わたしの夫は、息子をを助けるため、魔物の群れに突っ込んでいったの。
 そして、息子に覆い被さるようにして、魔物から守った。
 まわりからは、そいつは邪悪だ、何故助ける必要がある、
 という声が上がっていた。
 その声に、彼はこう答えた。
 『この子は災いを呼ぶ者でも、邪悪でもない!この子は俺の子だ!
  わが子が可愛くない親などいるものか!
  俺は自分の子を守る!!それだけだ!!』と。
 そしてそのすぐ後、彼は自分の魔力のすべてを解放し、魔物を一掃した。
 魔物は一瞬にして消え去り、彼もまた…、
 力尽きて、光の粒となって消えた…。」
女主人は話を一度切って、クルサスを見た。その瞬間、彼女は言葉を失った。

…泣いている。袖では拭いきれないほどの、涙を流して。

「(…この子、親身どころか、まるで自分のことのように…。話を…。)」
彼女は、話を続けるべきか迷った。
これ以上、彼につらい思いをさせるわけには…。

「…すみません。続けてください…。」
女主人の視線に気づいたクルサスは、慌てて涙を拭うと、震える声でそう言った。
「…いいの?聞くのが辛かったら、やめてもいいのよ?」
女主人はクルサスを気遣って言う。しかし、彼は首を横に振った。
「続けてください…。最後まで…。」

彼自身、何故こんなに涙が溢れてくるのか分からなかった。
自分でも気付かないうちに、泣いていた。

女主人は、クルサスが落ち着くのを待ってから、口を開いた。
「息子もわたしも、彼を失った悲しみにくれていたわ。
 それなのに…、追い討ちをかけるように、村人達は、あたしの夫が…、
 息子の父親が命を落としたことまで、息子のせいにした…!
 そして村人達は、勝手な考えで、息子を村の外へ追放すると言い出した…。
 わたしは、最後まで反対し続けた。でも、その決定が覆されることは無かった…。
 その決定が正式に決まった日の夜、息子は、大人の手に収まる程度の、
 白く光る物を持って、わたしの所に来たの。
 実はわたしの夫…、息子の父親は竜でね、
 息子が持ってきたのは父親の牙だったの。
 彼の身体は消えてしまったけれど…、牙が1本だけ、残っていたの。
 彼の力尽きた場所、あの大きな木の下にね。
 息子はその牙に、竜の模様を彫って欲しい、と言ってきの。」
「あなたは、彫刻ができたんですか?」
「ええ。その当時は彫刻家をやっていたから。
 わたしは不思議に思いながらも、作業をはじめた。
 その間中、息子はずっとわたしの傍にいたわ。
 これが、親子でそばにいられる最後の時だと、悟っていたのかもしれない…。」

女主人は、しばらく間をあけた。

「出来上がってから、わたしは息子に、何故牙に彫刻して欲しいと言ってきたのか、
 訊いてみたの。彼はこう答えたわ。
 『この牙は父さんの形見…。その形見に、
  母さんがこうやって、竜の模様を彫ってくれた…。
  これは、母さんが、父さんの形見で作った、僕のお守りだよ。』と…。」

クルサスは、無意識のうちに何かをにぎりしめていたことに気がついた。
そして、その『何か』を見てはっとした。
幸い、女主人はそのことには気付いていなかった。
クルサスは女主人に気付かれないよう、持っていたものをそっと袋にしまった。

「…わたしはその言葉を聞いた瞬間、息子を抱きしめていたよ。
 そして、思いっきり泣いていた。息子も、泣いていた。
 けれど、息子の顔は笑顔だった。わたしを気遣っての、精一杯の笑顔だった…。」

一瞬の沈黙。

「次の日、息子は村の外へ連れ出された。
 息子は暴れに暴れて、最後まで抵抗し続けた。無駄だと、分かっていながら…。
 わたしも、何とか息子を連れ戻そうと、必死に抵抗したわ。でも…。
 …今から8年前、そのとき息子はまだ10歳だった。
 それ以来、わたしは、1度も息子の姿を見ていない…。」
「そんな…ことが…。」
クルサスは目を伏せた。
「だからね、わたしは、オッドアイが悪者だなんて…。どうしても思えないの。」
女主人は向き直って言った。
クルサスも視線を戻す。
「何でかしら…。あなたにこの話、しておかなきゃいけない気がしたの。
 オッドアイの質問をされなくても、
 きっと何かきっかけを見つけて、話していたと思うわ。」

女主人の声に、少し元気が戻った。

「僕も…、最後まで話を聞かなければならない気がしたんです。
 話をしてくれて…、ありがとうございました。」
クルサスの表情も、少し穏やかになった。女主人は、微笑み返した。

女主人は、ふと窓の外を見た。もう月が昇り始めている。
「あら、もうこんな時間ね。思ったよりも長話になっちゃったわね。
 そろそろ、休んだほうがいいかもしれないわ。
 部屋は、好きなところを使ってちょうだい。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
そう言って、荷物を肩にかけ、数歩歩いて立ち止まった。
そして、女主人のほうへ向き直った。
「あら、どうしたの?」
女主人は不思議そうにクルサスの顔を見る。

「あなたのような、オッドアイを理解してくれる人がいて、
 僕は、とても嬉しく思っています。
 あなたの前では、もうこの眼帯は必要ないですね。」

「…!?あなた、まさか…!」
クルサスは、右目に付けていた眼帯を外した。

その眼は、深く鮮やかな、紅い色だった。

「…僕、オッドアイなんです。だから眼帯をして、片方の目を隠していました。」
突然の出来事に、女主人はしばらく言葉が出なかった。
「そうだったの…。確かに、あなたの眼帯は気になってはいたけど…。
 まさかあなたが、オッドアイだったとはね…。」
「…驚かせちゃいましたか?」
「ええ。正直、驚かされたわ。今、ちょっと混乱してるの。」

いきなり明かされたら、混乱するのも無理はない。
「とりあえず、今日はもうお休みなさい。」
「はい。分かりました。」
クルサスは部屋へ向かった。

次の日の朝。

「あら、もう行くの?ずいぶん早いのね。」
部屋から出てきて、エントランスまで来たクルサスに気付いて、
女主人は声をかけた。
「あ、はい。日の出には、出発しようと思っていたので。」
クルサスの右目には、もう眼帯がされていた。
「そう。くれぐれも、気を付けてね。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って、クルサスはにっこり微笑んだ。

その瞬間、女主人は少し戸惑った表情を見せた。
「…?どうかしましたか?」
「えっ?あ、いえ、あなたの笑った顔が、
息子の笑顔に、とてもよく似ていたものだから…。」
そう言って、彼女は視線を外した。
「それは…よかったです。」
「…?」
「それでは、僕はもう行きますね。昨日はどうもありがとうございました。
 おかげで、探し物のひとつが見つかりました。」
「…そう?わたしも、あなたの役に立てたのなら…、嬉しいわ。」
女主人は、クルサスの返事の意味が理解できないまま、そう返した。

クルサスは、荷物を肩にかけた。
「あ、ちょっとあなた、1ついいかいしら?」
「? なんでしょう。」
「…わたしの息子、きっと今でも、
 竜の牙で作ったお守りを持ち歩いていると思うの。
 あの子のことだからね…。
 だから、もしそのお守りを持った子を見かけたら、こう伝えて欲しいの。
 『母親があなたと会いたがっている。
  母親はいつでも、あなたの生まれたところにいる。』と…。」
そう言った彼女の目は、我が子の無事を祈っている母親のものだった。
「分かりました。見かけたら、そう伝えておきます。では。」
クルサスは扉を開けるため、女主人に背を向けた。

そのとき彼女は、彼が肩にかけた荷物袋に、
白く光るものがつけられているのを見た。
大人の手に収まる程度の、小さなもの。

それは、手の込んだ竜の装飾が施された、竜の牙で作られたお守りだった。

 - Fin -

この小説は、大佐さんのオリジナルキャラクター、
クルサスさんを主人公に書かせていただきました。
内容としては、クルサスさんの過去話ということで…。
小説自体ほとんど書かないので
うまく表現できているかどうかは分かりませんが、
あえてハッキリ言わずに終わらせてみました。